海炭市叙景 kaitanshi-jokei

コメント

海炭市は、ここにある。

堀江敏幸

 佐藤泰志の小説の息づかいは、少し荒い。せわしなさとはちがうし、急ぎはしないけれど、軽快で、しかも苦しい。苦しいのに、プラネタリウムのような、弱い光の筋が遠くに見えている。存在の奥深くに根を張った焦りとでも言うべきか、それが短い文章の積み重ねによって精確に表現されているのだ。
  登場人物はみな、胸いっぱい息を吸い込み、疲れのたまっている手足を小刻みに動かす。はやる気持ちを抑えながら、あるかないかの光に一刻も早くたどり着こうとする矛盾した心のうねりが、彼らの言葉の端々から伝わってくる。冷たい水のなかで息を止め、揺れ動く町の情景を見つめてそこに溶け込み、気を失う寸前に差してくる光を摑むのか、それとも諦めて顔を上げてしまうのか。『海炭市叙景』のような、掌篇を集めたオムニバス形式であれば、なおさら苦しさは増す。折り返し地点も短いから、百メートル平泳ぎのピッチになって、叙景の叙に与えられた時間も短い。
  ところが、映画『海炭市叙景』は、原作の細部を巧みに変更しつつ、その精髄を少しも損なうことなしに、人物の内面も町の空気も、二百メートルの呼吸で再現してみせた。言葉そのものを切り詰めるかわりに、ピッチを正確にゆるめることで画面全体の空白を際だたせ、沈黙を、登場人物自身も気づいていない闇を、目に見える白い息に変えてしまったのである。
  海と炭鉱に囲まれたプールであるこの「両側から海にせばめられた細くくびれた女の腰のような街」を逃れることはできない。けれど、登場人物たちは、そして映画を見終えた私たちは、もう逃げたくないと思うだろう。ボタ山の炭の粉を溶かして、ひとりひとりが抱える造船ドックに澱んだ水の照り返しから目を逸らしたくない、さらには、あの場所に戻りたいと願いさえするだろう。
  海炭市は、ここにある。それは、私たちの胸のうちにあると言っても、おなじことだ。


(ほりえ・としゆき 作家)

上映劇場からの声

物語が進むにつれて、出てくる人々はこれからどうなるのだろうかとまばたきもできず口をあけっぱなしして見入ってしまいました。最後のローリングタイトルが始まると、この映画を見て自分自身のなかで何かが変わった気持ちになりました。その晩はもちろんのことですが、次の晩もまた次の晩もこの気持ちは衰えることはありませんでした。

ユーロスペース 支配人 北條誠人

海と土の混ざった匂いがした。かの地で生きる人たちの朴訥さが胸に迫って来た。架空の市は、どこにでも存在する日本の地の姿だった。人は土地をつくるが土地も人をつくるのだ。私の街を思った。ひどく心を打たれた。

シネマテークたかさき 支配人 志尾 睦子

激しい変化のあった時代ののちに生まれた停滞感。その中で生きる私たちの心と、時代にとり残された海炭市に生きる人々の姿が重なりました。それは、ノスタルジーではなく今なのだと思います。

川崎市アートセンター 中野 香

熊切和嘉監督が、故郷・北海道を舞台に村上春樹、中上健次らと並び称されながら、自ら命を絶った不遇の小説家・佐藤泰志の連作短編を元に映画が文学という別のジャンルを具現化する、ある到達点に達した佳作である。
ここに登場する人々の日常は日本のどこの街でも起こりうるありきたりで平凡な、そして悲しみの人生である。幸福な時間を失ってしまった人々がもがき苦しみながらその幸福を取り戻そうとする姿を見て私たちは絶望を感じるのか、それとも希望を感じるのか。ただ、そこにいるのは私たち自身に過ぎないのかもしれない。

第七藝術劇場 支配人 松村 厚

造船所のドックの巨大クレーン、進水式、固い椅子のプラネタリウム、 路面電車。
海の色、空の色、プロパンガス、さびれたバー、山にくるまれるような湾状のこの町、猫。
別にほめられたところは無いかも知れないけれど、「海炭市」という名を借りた、この町が、私たちそれぞれのホームタウンなのだ、という気がしました。
それにしても、函館ドックのクレーンは、取り壊し直前に残すことができた貴重な映像。
ちょうど神戸では、地元摩耶山ロープウェイ譲渡先模索の市長表明があったところで、映画にあったような「ロープウェイで初日の出」もなつかしい風景になってしまうかも(映画のロケ地は函館山)。
それは仕方がないけどとても寂しいことです。

神戸アートビレッジセンター 樋野 香織

函館ロケの映画は過去にも数々有りますが、海炭市と言う架空の都市に置き換えて作られた作品です。
エピソードが積み上げられて繋がって行くエンタティメント作品に浸って下さい。

浜松シネマe_ra 支配人 榎本 雅之

思い通りにはならないものを胸にたたんで生きる、寡黙な人々の人生の痛みが、しんしんと身に染みる。

大分シネマ5 支配人 田井 肇

ワン・エピソードのあとに「海炭市叙景」と、タイトルが出る。音楽のかぶせ方も、ふっと台湾映画『非情城市』をいつしか想い出していた。題名もよく似ているし、韻を踏んでいるかも知れないとも感じた。監督にお尋ねしたいものだ。
移りゆく自然描写と、静々と対した幸福感のない人たちの物語は、季節が常に穏やかでないことを淡々と見せ、しかも、見る人が重く暗くなるわけでもなく、いつしか画面の中に自分が居る。ペシミズム(悲観主義)は、楽天主義の反意であるわけで、両極端は一致するという、不思議な落着く心地良い後味のある映画である。オムニバス的構成を意識せず、まどろむように考えずに風景を見る様に楽しんだらどうだろう。

広島サロンシネマ・シネツイン 支配人 住岡正明

海炭市にも函館にも行ったことはないが、その街の空気を吸い込んだ気がした。
佐藤泰志の原作がまとっていたのと同じ、冷たくて重い気配が、しっかりと残る。
造船所での竹原ピストルの表情は、至福と絶望を行き来する。
その振幅に迷い、迷わされるのは、もちろん、竹原ひとりではなく、日々の暮らしの戦いに勝ったり負けたりを繰り返す彼らに、映画がこれほど寄り添えることに心から驚く。

名古屋シネマテーク 永吉直之

海炭市に生きる人々の日常や出来事すべての細やかな描写。
映し出される風景は、観る者に過去や未来を想像させる。
最後まで、細部まで逃さずに観てほしい。
そこには、紛れもなく本物があるのです。

京都みなみ会館 今井芳

やけにヒリヒリする、好きな映画でした。
どこにいても、みんな一緒だな、とも思い、ほっとして静かな力をもらいました。

大分シネマ5 大西明美

2年前、シネマアイリスの菅原さんから、「海炭市叙景」を映画化したいと連絡を受け原作を読んで見た。これは、大変なこと。資金集め等市民の協力を得るのに適してはいない。つまり、函館の観光宣伝になるとか、必ず議論になる訳だが、この作品にはいわゆるその可能性が低い。見方を変えれば函館に止まらず、普遍性を持った作品になる訳だが、現在の状況はそれを許さないだろうと踏んでいた。がしかし吃驚。作り上げてしまった。久々の快挙です。熊切監督も賞賛に値するが、函館が只の観光都市ではないことを見せつけられた。ウラヤマシイコトシキリ。何はともあれ、オメデトウゴザイマス。

新潟・市民映画館シネ・ウインド 代表 齋藤正行

あと一滴でも入れば溢れちゃうコップの水みたいに、僕の心もゆらゆらと。
溢れ出て零れ落ちるのを辛うじて抑えてるのは、僕の中のささやかな希望か?絶望か?
山の上から初日の出を迎える(僕と同世代であろう)兄の表情を見ながら、一思案。

静岡シネ・ギャラリー 川口澄生

少年から老婆まで、年齢は違えど、登場する人々は、誰もが、その人生を生きてきた。
この世界にきっちりと存在してきた。
誰もが、一人の人間として悩み、傷つきながらも希望を捨てずに生きている。
私達は、そのささやかなことが、どんなに素晴らしいことなのかを、きっと感じるであろう。
なんとしても見てほしい!

札幌シアターキノ代表 中島洋

寒くて寒くて凍りそうな冬の街から、動かないことが進歩だったり、ほんの少しだけど前進したり、輝く過去を大切に思いながら生きている人々の身体の熱が、スクリーンから客席に伝わる。冷気から暖かさへと変わる瞬間を何度も感じ、震えながらまだ大丈夫、春は来ると思えた。

シネ・ヌーヴォ支配人 山崎紀子

どうしてこんなに心が揺さぶられるんだろう。
どのショットをとっても、フィルムが生きている。
人が生きている、風景が生きている。
この映画はどこでもなく、どこででもある、恐ろしく日本的な情景を描き出す。
これほど世界に向けられた、本当の「日本映画」は近年ないのではないか?

金沢シネ・モンド総支配人 土肥悦子

心を揺さぶられる映画。
誰の心にもある「海炭市」を思い出させ、
こだわりを持って生きることを信じられる、そんな希望があります。
加瀬亮さんがインタビューで語った
「映画の舞台、函館は横浜に似た街。自分流の格好の付け方が横浜にはある。」
同感です。

シネマ・ジャック&ベティ支配人 梶原俊幸

こんなにヒリヒリした加瀬亮を初めて観ました。

シネマテークたかさき 小林栄子

いわゆる“リアル”というものではなく、
本当にそこに自分がいる、あるいは、かつていたという感覚。
久しくなかった様式を有しつつ、かつ体温を有した映画です。

シネマ・シンジケート マネージャー 伊藤重樹

映画で描かれていた地方都市の師走は
20年前も、現在(いま)も、そして20年後も
変わらないだろう。

観終わったあと、わたしの中で
景色と音が反芻し続けている。

日曜の夕暮れ、『サザエさん』を見た後と
同じ虚無感が残る。

KBCシネマ支配人 宮定貴子

152分という長さを感じさせない、一瞬たりとも眼を離させない映画でした。
菅原さんを中心とした函館の実行委員会の皆さん有難うございました。
熊切監督有難うございました。
佐藤泰志さん 原作が多くの人に広まっています 一番有難うございます。

CINEとかち 豊島晃司

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試写室から

力強い映画。ねじふせられる力がある。

「ピクトアップ」副編集長 浅川達也

久々に本格的な映画を見た充実感に包まれて、試写室からの帰り道うれしくなりました。

映画評論家 川口敦子

どのエピソードもやるせないけど、生の体温が伝わってきた。
生活空間に溶け込んだ役者たちも、雲間から射す冬の光のようなジム・オルークの音楽もいい。

ライター 後藤岳史

空気のにおいが感じられる映画でした。そういう作品は、長く心に残ります。

編集者 永瀬由佳

生き物のような映画だな、と思った。きっと登場人物たちは上映の前も後も生きている。
すっごく寒い日に、暖房の効いた映画館でまた会いたい。

ドキュメンタリー映画監督 松江哲明

キレイなところだけではない、本当の人間の姿をひさしぶりに観ました。

HMV 長澤玲美

全篇にわたって漂う淋しさの中に、続いていく日々の尊さや帰れる場所があることのあたたかさがじんわりとあぶり出されていた。

ポプラ社一般書編集部 藤田沙織

役者が芝居をしていると思えないほどリアルでした。エドワード・ヤンの台湾映画のような感じでした。

映画評論家 野島孝一

観た後2日たった今でも、ずっしりと重く心に残るいい映画でした。

「うかたま」編集部 小野民

熊切監督の作品のなかで一番好きな映画です。
近年の日本映画でここまで画面に惹きこまれる感覚は久しくありませんでした。

映画監督(『アブラクサスの祭』) 加藤直輝

“生きる”ということは、とてつもなく不安で、何よりも温かなものだと、日々のなかで忘れかけていた思いに気づかせてくれた。

ライター 南野こずえ

資金を募金して作り上げたり、原作者の友人が参加していたりと多くの方の熱意が結集した作品で、その熱意が静かながら残り火のように情念のように伝わってくる。脚本・撮影・演出・演技の全てが絶妙に絡み合い、映画ならではの空間を創出。日本映画の枠におさまらず、アジア映画的な世界観を獲得しているのも必見!

ライター・脚本 わたなべりんたろう

自死した原作者の思いと熊切監督の映画力が見事に融合。人生の哀切がしみじみ伝わってきました。

ライター 久保真由美

佐藤泰志の原作の寡黙な文体が、見事に映画として表現されていることに感動しました。そして登場人物たちの「顔」の圧倒的な存在感!函館の人々はもちろんのこと、俳優の方々も「函館人の顔」になっているんです。

小学館『海炭市叙景』編集担当者 村井康司

熊切和嘉監督は今回何だか一段と“大きな人”になった気がする。これまでの作風とはどこか違い、映画を観ていると、たくましい腕と胸とで抱きしめられている感じがしてくるのだ。
キャメラを通した眼差しで、“海炭市”という街自体を抱きしめたと云ってもよい。
不遇でも不運でもやるせなくても、人間は、誰かが寄り添い、見つめてくれさえすれば、生きていける。

映画評論家 轟夕起夫

「その叙景から浮かび上がるのは、状況の悲惨さではなく、人間という存在の悲しさとたくましさ。地方都市の疲弊と共にすさんでいく人の心と、かすかに残る人情のぬくもり。両方を肌で感じさせる演出が秀逸だ。」

評論家 矢崎由紀子(「サライ」より)

「本作の希望は、“ここで生きていく、それしかない”という彼らの無言の覚悟にこそ宿っているのだ。程度の差こそあれ、“地元”という言葉には誰もが甘美な響きを感じ取ると思うけど、本作はそんな我々の琴線を直撃し、揺さぶり、半ば強引に郷愁を引きずり出す。」

CUT編集部 清水大輔(「CUT」より)

「我々が日常で体験するささいな出来事から挫折や喪失感、裏切りと希望、許しといった交錯する感情を丹念にすくい上げた演出と、役者陣のすばらしい演技とが見事にかみ合った奇跡のような傑作である。」

ライター 山懸みどり(「この映画がすごい!」より)

「“裏”の傑作、という言い方は失礼だろうか。豪華プロダクトによって映画化された村上春樹の『ノルウェイの森』を“表”とするなら、同じ1949年生まれの不遇の作家、佐藤泰志の連作短編を原作にした『海炭市叙景』は、インディーズ映画ならではの人間臭い陰影と詩情を立ち昇らせる。ここに出来上がったのは、ひとつのスモールタウンで生まれた唄を集めたアルバムのような珠玉のシネエッセイ。」

ライター 森直人(「CDジャーナル」より)

「いい映画ほど観た人は沈黙する。この作品は是非劇場のスクリーンで観てほしい。低予算の中でもクマさんと近藤くんはフィルムで撮ることにこだわった。その理由を感じてほしい。」

脚本家 向井康介(「映画芸術」より)

冬の薄日の中から、暖かな光が射すように、映画「海炭市叙景」には明日も生きていく者への救済がある。それは監督・熊切和嘉さんの人間を見つめる眼差しの反映であろう。エンドロールでは、この映画に関わった無数の函館の人々の名前が流れる。黒の地が白っぽく見えるほど、人名の羅列が続く。普通なら、さっさと立って出るところだろうが、この映画に関しては、あなたがたは立ってはならない。この映画は、この人たちの触った手と祈りで成り立っているのだから。

ライター 岡崎武志

海炭市の人たちは、忘れようとしていつの間にか本当に忘れてしまった故郷の人々と同じ顔をしていた。
だから、上映中はずっと息苦しくて切なくて、なのに泣きたいほど懐かしかった。
多くの北欧映画と同じように「生きることは苦しくて尊い」とその北国の人たちの生き様は語る。
忘れたくても忘れられない作品に出会ってしまった。

トーキョーノーザンライツフェスティバル代表 笠原 貞徳

ここに、海炭市に、人がいるだけでいい。
そして、この地上に生きているだけでいい。
それ以上、何を望む必要があるのか。
そんな願いのようなものが伝わってくる映画。
微かだけど、確かな、光のような希望がここにはある。

映画監督 瀬々敬久

あまりに平凡すぎますけど、
ほんとうにいい映画だなあという感想が、
リフレインしています。

どの話も身につまされてしまい
ある意味、ホラーを見ているかのように
心臓が早まりました。
あの閉塞感……ものすごい緊張感でした。息継ぎできなかったです。
人生が雪のようにはらはらと降り積もってゆく感じでした。
やっぱり船とか電車とか海とか、
ぐっとこないわけにはいかないし、
あんなすばらしいラストってなかなか出会わないです。

編集者/リトルモア 大嶺洋子

ぶ厚いポートレイト写真のポートフォリオを見たようでした。
将来、どの人物にもなりえる怖さがありました。

リトルモア 加藤基

打ちのめされるような傑作でした。

プロデューサー 尾西要一郎

観終わってすぐにまた、海炭市の人々に逢いたくなる。
切なくて、愛おしくて、その背中をなでてあげたい。

エッセイスト 久世朋子

これは『海炭市叙景』ではなく『日本叙景』の物語です。

自由業 比嘉世津子

海炭市叙景を観たあと渋谷から歩いて女の家まで行ってそこで初めて女を殴った。一発ぶったら一発返されたので今度はグーで殴ったら女が泣いて少し冷静になったら映画がやけにしみてきて泣きながら謝ってセックスした。
俺も女も泣いて涙は海の味がした。海炭市叙景そんな映画。

映画監督(『フレフレ少女』『となり町戦争』) 渡辺謙作

変哲もない人々の人生模様を描き出していくだけ。なのに、スクリーンから目が離せない。
撮影されたのは冬の函館。なのに、なぜか映像に温もりを感じる。

ライター 沢宮亘理

どこにでもあるような見慣れた郊外の風景。飾り気のない、真に発せられる言葉。ワンカットにこめられた深遠な人間愛。失うことや哀しいことを正面からとらえることで浮かび上がる作者の優しい視線。フィルムに収められたすべてが心に沁みる。

ライター 近藤かおり

静かで哀しい物語と感じました。一つ一つの台詞、動作がとても重みがあって、一カット一カットが見逃すことのできない映画だと思います。それでも生きていく姿には切なさだけではない何かが残りました。

梨本芸能!裏チャンネル 川添純一

海炭市を切り取ったこの映画は、人の生活が息づいており、近年ではあまり見ることのできない素晴らしい映画でした。リアルなものはドラマとして非常に素晴らしい事を改めて実感しました。

プランシップ 岩田良章

見ている最中、ずっと心がザクザクしていた。劇中何度も泣きそうになりました。すごくいい映画でした。

リトルモア 神田百実

一人でいても、誰かといても、人は結局孤独なのだな、と感じました。
地方在住者にしか知り得ない寂しさが胸にささりました。

リトルモア 松本祥子

すごく良かったです。人が何に救われるかっていったら、星とか、カーさんがくれる煙草とか、朝、自分が一番に走らせる路面電車のエンジンだとかなんだと思いました。生きていくってそんなんの積み重ね。失ってもずっと続くから。

リトルモア 五十嵐瑛子

すべてがスバラシかった。役者の表情であんなにスクリーンに釘付けになる事は今までなかった。
素晴らしいにつきます。

ブレス 前野朋哉

とてもすごい映画でした。
自分たちの生きる場所と映画に対する切実な想いがあふれていて、感動しました。
最後のクレジットは涙なしには観られません。

作家/マンガ家 小林エリカ

「ハードル」 正津勉

切れたくなる、プッツンしてしまいたく
いつかそれとしらなく、花と散らんとはかなわずば
煙と消えようというぐあい、いずかたへとなくと
そうまいれたらとおもっている、酔ったように

おもうにしかし、詮方ないことと考えるが
だけど好ましくないのは、事後のこともちゃんとして
万端のはからい、どこか当てつけがましげなきらい
大事めかした終りかた、といってわかるか

むしろ願わしくあるのは、どういえばいい
そうでなく発作的なやはり、気がついたときは
息がしないとき、しぜんにも偶然性をしてはたそう
さしずめこういう、こんなと浮かぶのだった

そうそれこそ、死亡欄でしるしかなかった
どれほど前になるか、ときにとくに親交はなく
もとより想像すべくもないが、いつかある晩あれは
雑木林にぶらさがった、ことはいたずらだ

のちになる一著をみて、うちの一篇のその
それに倣っていえば、さいごのこの跳びざまは
思惟を遠くこえてなくてか、――大きなハードルも
小さなハードルも、次々と跳びこえてみせる

*終行 佐藤泰志(一九九〇年十月十日縊死)「大きなハードルと小さなハードル」

詩集『笑う男』(邑書林 1995)所収


★新人の正津勉さんは、佐藤泰志さんと生前ご親交がありました。試写をご覧いただき、コメントとして、佐藤さんが亡くなった時に書かれた追悼詩の掲載のご許可をいただきました。

車輪の空転する音が今も聞こえるようです。

デザイナー 戸塚泰雄

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佐藤泰志さんの母校から

地方都市の盛哀の模様、そこに生きる人々のさまざまな苦悩や悲しみが、人生の縮図のように描かれている。
最後の電車のシーンで、すべてが救われる思いがする。

國學院大學文学部兼任講師 瀬戸口宣司

冬の薄暗さがあいまって、人々の感情をうまく投影している映画だと思った。
ただただ時が流れている様、人々が定められた運命に従う様に、哀愁を感じ、観た後も余韻に浸っています。

國學院大學 文学部4年 男性

ひとつの物語も、テレビのニュースでは1分にまとめられてしまうところに、皮肉を感じます。
ささいなニュースの裏のたくさんのドラマを教えてくれる作品でした。

國學院大學学生 女性

ウディ・アレンが『人生は惨めか悲惨。どっちかしかない。』と言っていた。それを体現している!

國學院大學 法学部4年 男性

北の雪景色のさみしさが、人々のなにげない生活の中の傷や悲しみを表現していて、とても心の中に訴えかけてきました。感情を自分のものとして、自分の視点で観ることが出来て、とてもよい映画であり、原作なのだと思いました。

國學院大學 文学部史学科4年

これほど人生の行き詰まりを描いた作品には久々に出会った感じです。ですが、同時に、登場人物たちに寄り添うような温かさ、優しさを感じました。映画館のスクリーンでもう一回観たい作品です。

國學院大學 文学部3年 男性

伏線がつながり一つの物語となる構成が好きでした。
言葉少なめでありながら、登場人物の心情がよく伝わってきた。

國學院大學 文学部1年 女性

身をえぐるような気持ちになる映画だった。しかし、その暗く退廃的な世界になぜか引き込まれてしまう。
それだけの説得力がこの映画にはあったと思う。

國學院大學 法学部2年 男性

1年ほど前に原作を読み、どのように映像化するのかとても興味があった。
原作者の訴えかけたものを、よく映画化したと感心しました。
私自身、北海道へ帰省する際に、連絡船で何度も通った風景をスクリーンにみて、懐かしくなりました。

國學院大學 文学部哲学科 教員 男性

本屋さんの感想

海炭市に生きる人々の5つの叙景。そのどれもがはりつめた白い空気の中できれそうな程、危なっかしいものだった。5つの物語を紡ぎだすように流れるジム・オルークの音楽もとても素晴らしいものだった。
こういう小説を売りたい、僕は。

ブックファースト アトレ吉祥寺店 林大貴

まさに“叙景”だなぁと、ずっと感じさせられました。造船所のお兄さん、ねこのお婆さん、プラネタリウムの家族、ガス屋の家庭…どれも自分には遠い話なのに、切り取られた日常として、私の記憶をたたくようでした。最近、加瀬さんが気になっていて、過去の映画をいくつか観たのですが、全く別人のような役で 、何度も目をおおいたくなり…ただただ感心しました。

ブックファースト 渋谷文化村通り店 酒本彩季子

映画タイトルとフライヤーの1シーンが妙に気になっていて、予告を見て、ぜひ観たいと思っていました。
ジム・オルークのかなしく優しい音楽が逸品。北の冬の灰色の世界が印象的でした。

遠藤書店(世田谷区経堂) 佐藤さん

この作品の持つ温度がじかに伝わってきました。肌を突き抜け、体の芯まで。なぜか?それは携わった多くの人たちの様々な思いが込められていたからです。これほど沢山の登場人物に、自分や家族(もちろん猫も!)を重ね、思い出した映画は初めてでした。さむい時にぴったりです。私の心は今なお、あたたかいです。

ブックスルーエ(吉祥寺) 服部ユキ

人々の生活の軋む音が止んだ時、せきをきったように流れる音楽が痛切でした。
確かな衝動をたたえた素晴らしい作品でした。

紀伊國屋書店 新宿南店 三田航

上映時間が長いなと思いながら見始めましたが、見ていくうちに海炭市の人々の生き方に引き込まれてしまいました。現代人に見られる生活の中での無力感、決して派手なことをのぞむことなく淡々と過ぎていく中に、切なさと人の迷いと生きていく強さを感じました。原作もさっそく読んでみます!

紀伊國屋書店 新宿本店 小島規子

足音、食べる音、飲む音、人が生活してる音が聞こえる。
都会やイヤホンをつけてると聞こえない、人が生きている音が聞こえました。

大盛堂書店(渋谷) 亀井真

とても感想の難しい映画だ。とても悲しく、さみしく、苦しい。生きているといろいろあるのだ。
それを必死で伝えようとしている映画だと思った。
そして、音楽と映像がとても美しく、それを彩っている。

大盛堂書店(渋谷) 高木文

原作を知らずに見たので、原作を読み、もっと作家について知りたくなった。映画を観てよかった。

啓文堂書店 吉祥寺店 北嶋玲

1つ1つの物語の中に、私がいる、と思いました。生きていくことへの力強い執着というか、心にいつまでも残る映画でした。

リブロ 吉祥寺店 山本亜紀

失職とか、DVとか、家族間の不和とか、立ち退きとか、たぶんどこでも起こり得ることで、というか、起きていて、でも方言とか海とか、雪とか、星とかそういう一つ一つがその人自身が生きているっていうことを感じさせるんだと思った。

TSUTAYA 東京ミッドタウン店 石井淡紅子

世間では忘れられていた佐藤泰志。

古書業界では、彼の6冊の単行本は熱心な読者から常に探されておりました。
流行作家でさえ一刀両断されてしまうシビアな業界にあって、
静かに支持されその価値を認められていました。

2年前、その佐藤泰志と作品を知らしめたいと、
ささやかなトークイベントを企画いたしました。
その際、製作のKさんと映画化できたらと
夢のような話をしたのを今でも憶えております。

しかしそれが現実となり、とうとう公開されています!
佐藤泰志の硬質な透明感と熊切監督の力強さが見事に融合し、
最後まで眼の離せない存在感のある作品になっていました。

映画とともに佐藤作品が広まることを願っております。

古書 音羽館  広瀬 洋一

海炭市の冬の湿度が伝わるようでした。原作の短編をどのように繋げていくのかが楽しみだったので、ラストシーンに行きつくまで、じっくりと世界観に浸れました。もう1度観てみたい、そう思いました。

丸善 丸の内店 女性

言葉の多すぎない映像が美しく、
線では結びきれない人々が星座のように点在している、きれいな映画でした。

紀伊國屋書店 名古屋名鉄店 女性

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